認知的断想
タグ一覧†
上記枠内のタグ名をクリックすると,そのタグの付いた記事の一覧が表示されます。
全記事のタイトルを一覧表示したい場合は,認知的断想の全記事一覧のページへどうぞ。
最近の記事†
更新日時の新しい順に3件の記事を表示しています。
認知的断想/アンケートはいつごろから? †
アンケートといえば,読者アンケートとか視聴者アンケートとか,たくさんの人に質問をする調査のこと,もしくは,その調査に使う用紙(最近はウェブフォームもよく使われますが)のことだと思うのがふつうではないでしょうか。
アンケートはもともとフランス語に由来する単語です。
ところが,フランス語のアンケート(enquête)という単語は,日本語の「アンケート」のような,調査や調査用紙を意味することばではないのです。
この単語は英語で言えばinquiryに相当する語で,もっと一般的に調査や捜査,照会を意味するのに使われるそうです。
では,私たちがいま日本語で使っているような意味での「アンケート」の使い方はどこから来たのでしょうか。
英語では質問紙調査はsurveyと呼び,質問紙はquestionnaireと呼ぶことが多いので,英語経由の用法というわけでもないようです。
そこで,国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーを使って「アンケート」ということばがいつごろからどのような意味で使われているのか調べてみました(以下は2023年2月の検索結果に基づいています。次世代デジタルライブラリーの更新に伴って結果が変わることがあるかもしれません)。
出版年がはっきりしている文献の中で最も古い部類のものは,法律関係の文献のようです。
たとえば,『仏国民法解釈 (一)』(1876年)には「證人吟味(アンケート)」(p. 105)という文言を見ることができます。
同じフレーズが『仏国民法解釈 (二)』(1876年, p. 104),『法律語彙初稿』(1883年, p. 514)でも使われています。
『仏国民法証拠篇講義 完』(1886年)では「證人訊問(アンケート)」(p. 162)です。
アンケートという語の最初期の用法はフランスの法律関係の文書で証人尋問を指すものであったようです。
この時期の文献はだいたい同様なのですが,以下のものは特に注目に値するでしょう。
『国法汎論 第4巻下, 第5巻』(1890年)で,ドイツのヨハン・カスパルト・ブルンチェリー博士の著作を平田東助が訳したものです。
この本の立法官の職務を述べたくだりに以下のようなものがあります。
(第三) 一般ノ事情及需要ヲ探討センカ爲メニ調査(アンケート)ヲ命シ且ツ此ノ目的ノ爲ニ規則ヲ制シ其他立法官ノ権限ニ屬スル處置ヲ爲ステ得
此ノ調査ヲナスニ鷗洲大陸ノ諸國ニ於テハ専ラ之ヲ官廳ニ依頼スト雖英國ニ於テハ舊来ノ慣行ニ依リ議院ノ所見ニ從テ適宜ニ其ノ調査ニ着手シ其ノ事を擔當スル委員ヨリ實驗アル私人(専門家)ニ質問シ其ノ意見ヲロ述或ハ記述シテ供出セシメ叉ハ此ノ事ニ就テ特ニ提出スル建議ヲ受理ス而シテ其ノ調査ノ結果ハ往々大陸諸國ニ優レリ(p. 188)
ここでは「アンケート」は「一般ノ事情及需要ヲ探討センカ爲メ」のものとされ,従来は官庁の機関で行うものであったがイギリスでは「實驗アル私人(専門家)」に意見を求めて建議を提出し,その成果は他のヨーロッパ諸国より優れているとあります。
つまり,ここではアンケートは証人尋問ではなく証人喚問の意味で使われているようなのです。
私もこうして調べる中で気がついたのですが,証人尋問と証人喚問は似ていますが違う意味で使われることばです。
証人尋問は裁判に証人として出廷した人に証言を求めることです。
対して,証人喚問は議会が議案の検討や政策に関する調査のため証人を呼び出して意見を求めることです。
前出のフランスの法律書ではアンケートが証人尋問の意味で使われていましたが,『国法汎論』では証人喚問に近い意味で使われているように見えます。
とはいえ,この時期の文書ではまだ「證人訊問(アンケート)」としているものがあり,証人喚問的な意味合いが確定したわけではありません(『仏国訴訟法講義 上巻第二』,1891年, p. 562他)。
時代が下って1916年の『経済大辞書 : 大日本百科辞書』を見てみます。
「推算」の項目に以下の記述があります。
卽ち是等の場合には、或は其の統計調査と、計量面に於ける試驗的計査とを結び付け、其の割合を全部に當てはめて計算するか、或は元素の統計調査と無關係に特別委員(アンケート)報告の方法により、右計量面の中數値を定め、由りて所要の數を算出するの方法による(カッコ内は原文ではルビ状の扱い,ページ数不明,デジタルコレクションでは108コマ)
おそらく「推算」は推測統計に当たる用語と思われますが,注目すべきは「アンケート」が「特別委員」の名称として扱われていることです。
アンケートが委員とはどういうことでしょうか?
この点については,1925年の『統計学綱要』の記述を見てみるとわかります。
アンケートの用例は國に依りて多少の相違はあるやうであるが、之を概言すれば、何等かの問題のあった場合に、特別調査委員會が設けられて、其委員會が問題に諒解ありと思はれるか、又は關係ありと思はれる人々を選定して、之に直接口頭を以て尋問するか、又は書面を以て理由を具したる答申を為さしめ、其多数を蒐集調査するのである。併し必ずしも之を計査するのではなくて、其答申を適嘗に編纂するに止まるものである。(p. 37)
つまり,案件についてふさわしい見識を持っていると思われる人々を委員に任命し,そこから意見を聞こうというわけです。
そこで,調査方法である「アンケート」が情報を提供する委員の人々を指す語としても転用されたということでしょう。
『鉄鋼業発展史論』(1925年)も同様の記述であると思われます。
聯合體によつて投賣せらるゝ貨物の關稅は引下げべきものであるとなす討議は少數の差で敗れたが、政府は此反聯合思想の沸騰に答へるためカルテル、アンケート(聯合調査會)を任命するに到つた。(p. 380)
このような状況は,『東京市統計講習会講演集 第1囘(1918年)』にもまとめられています。
次には「アンケート」といふことがあります、此譯字はまだ學者に依つて區々でありまして一定して居らぬやうでありますが、或先生は意見調査と譯し、或先生は訊問調査或は意見訊問調査と譯して居る、或書物には特別委員調査と譯してある、其各異つた譯字を組合はして考へると其內容が自ら分つて來るやうに思ひます、此「アンケート」と申しますのは統計のやうに全部を一々調査するのではありませぬで或物丈けを特に細かに調査しまして、さうして出して居りましたが、あれなどは幾らか此の「アンケート」の調査方法の意味が含まれて居るかのやうに思ひました。(p. 38)
一方で,同時期の『台湾総督府図書館和漢図書分類目録 大正6年末現在』(1918年)には違った用法も見られます。
「社会学」に分類された図書の目録に「社會問題ノ調査方法タル「アンケート」ニ就テ」というタイトルがあります(p. 657)。
これは,おそらく編著本の章構成を挙げたものと思われますが「アンケート」が「社會問題ノ調査方法」とされています。
この用法は,これまでの証人喚問や専門家・経験者による特別委員という用法とは少し焦点の当て方が違っているように思えます。
また,先の『統計学綱要』(1925年)にも「アンケート」の意味を別の角度から限定する記述があります。
アンケートは其目的として、多くは主觀的なるべき意見を徵するものである、而して又大量觀察は是非とも計査するものであるのは、アンケートは敢て必ずしも計査を要さない、其點にアンケートは或る事柄の調査には無論必要なもので、それを無用だといふのではないが併しアンケートとして有用なので、それは統計の大量觀察法ではない。(p. 38)
「アンケート」は大量観察法とは異なるとわざわざ断っているのです。
実は,この本のこのくだりは「統計学の大量観察法」とは異なる4つの調査法のひとつとして「意見的調査(アンケート)」(p. 34)を紹介している一節なのです。
同様の区別は『商業統計の常識』(1931年)でも行われています。
(2)アンケート 是は精確な數字の調査を行ふ代りに專門家の意見を聽いてまはる方法である。その方が寧ろ早道だと思はれるからである。とはいへ統計學の異端邪道であることに變りはない。(p. 31)
なんとアンケートは統計学からすると「異端邪道」なのです。
この本でも,アンケートは(1)推算,(3)標本調査法と併記する形で紹介されています。
現代では,アンケートと言えば(実態はともあれ)標本抽出法に基づいて大量にデータを収集する方法であると観念されるのに対して,1920年前後の「アンケート」は少数の人々の意見に基づく,主観的な,統計学的でない方法とみなされていたようです。
しかし,このような見方は1930年代に入ると変わってきます。
『中等学校・専門学校・大学生の最新就職試験準備指導』(1936年)には,「一般学科・時事問題解説」として以下の解説があります。
アンケート
Ankate「質問票」と譯す。
諸種の調査事業に於て,調査要項を列擧して之を調査すべき人に發送して回答を求めると云ふ事はよく行はれる方法であるが,その調査要項を記載した謂はゞ回答依頼書の如きものをアンケートと言ふ。(p. 121)
これは21世紀を生きる私たちのイメージする「アンケート」ではないでしょうか。
しかし,この時期には統計学からの風当たりはまだ強かったようです。
『統計学』(1939年)には,以下のように述べられています。
それ故「アンケート」は是等專門家の意見、判斷等に重點を置くのである。是れ「アンケート」の長所であると同時に又短所である。蓋し統計は其の客觀性に重きを置くものであるからである。卽ち「アンケート」は、(1)之を統計方法に較ぶるに極めて簡單容易に遂行し得る。地方により又人により種々異つた質問を提供して當該事項の核心を把むことが出來る。佛獨等の諸國に於ても從來「アンケート」法が多少行はれたのであるが、之を英國の實績に比ぶるに遠く及ばぬやうである。是は一つには其の方法上の缺點に因るのである。(pp. 24-25)
アンケートは統計的方法でなく,その方法上の欠点を論じています。
戦後になると「アンケート」の意味はわれわれがよく知るものに近くなります。
『平和のまもり』(1949年)には以下の記述があります。
ギャラツプの世論調査所員の大多數は女子で、アンケートの送りさきは彼女たちの任意とされていた。(p. 125)
「アンケート」が調査用紙の意味で使われていることに注意してください。
『世界新語辞典』(1949年)ではまだ1920年代の意味合いを残していますが,新しい「アンケート」の意味もにおわせています。
辞書は尚早に新しい意味を載せることを好まないので,このあたりは古い意味の「アンケート」の下限であると言えるかもしれません。
【アンケート】 Enquête (佛)。調査、取調べ、詮索、證人訊問の意。新聞雜誌などが一定の問題について質問を出して知名の人あるいは各方面の人の囘答を求める「調査」形式の意味に廣く用いられる。(p. 7)
1950年代に入ると「アンケート」といえば,まず私たちの知る意味のものになります。
『文部省刊行物目録 第9集』(1954年)には雑誌の目次として「アンケート小学校の作文の学習に何を望むか」(p. 2)という文言が見られます。
これは明らかに大量配布して回答を求める調査を意識しているでしょう。
『国立国会図書館年報 昭和29年度(1955年)』には,以下のように述べられています。
この年度においては、要求に基き、警察法の改正に資するため、「警察制度の改善に関する自治体警察当局の意見と自治体警察の実情」についてのアンケート方式による大数調査を実施した。(p. 1)
ここにきて「アンケート」は「大数調査」の方法となり,無事に統計的手法を用いて分析することができるようになりました。
このように見てくると,「アンケート」ということばの意味は,証人尋問にはじまり,証人喚問,特別委員,インタビュー調査,大量配布用の調査用紙とゆるやかに変遷してきたことがわかります。
1930年ごろに急速に現在の用法に近づいてきたのはなぜなのかが気になるところです。
『参考統計学』(1928年)には,
又大戰後千九百十八年に於ても勞働者階級に對するアンケート式家計調査を行ひて數百の家計簿を蒐集し其の結果を勞働爭議參考資料に使用したり。(p. 364)
とあります。
この書きぶりからすると,これは大勢の一般市民を対象にした記入式調査であるように読めます。
この時期に活発に調査用紙を使った大規模調査が行われ,その結果として1930年代には「アンケート」とは大量配布される記入式調査あるいはそのための用紙のことだという印象が定着したのかもしれません。
具体的な経緯を明らかにするにはさらなる調査が必要ですが,とりあえず,いま使われているような「アンケート」の用法は1930年代から広まり,戦後にかけて定着してきたもののようです。
その一方で,アンケートの意味を積極的に定義してそれを主張した人はいなさそうです。
そうすると今後も「アンケート」は時代によってその意味を変えていくのかもしれません。
さしあたり,ウェブ調査の普及に伴って「回答用紙」としての意味合いは薄れていくのではないでしょうか。
Tag: 情報化社会の認知
認知的断想/調整済みp値 †
SPSSで分散分析を行う際にオプションで「主効果の比較」を選ぶと,Bonferroniの方法による多重比較を行うことができます(他に,LSD法とSidak法も選べます)。
出力結果には「有意確率」としてp値が表示されます。
しかし,この出力を見て不思議に思っていることがありました。
まず,なぜp値が1になるのだろう,ということです。
SPSSのこのオプションでは,ときどき,「1.00」というp値が現れることがあるのです。
p値が1ということは,帰無仮説が常に棄却されないということでしょうか?
たぶん,そういう意味ではありません。
この値が得られる理由は簡単で,SPSSのBonferroniの出力では,通常のp値に帰無仮説の数をかけた値を表示しているためです。
すべての水準の組み合わせを比較するとすれば,比較の数(k)は水準数×(水準数-1)/2です。
例えば,3水準の比較の場合には仮説数は3,4水準の比較の場合には,仮説数は6です。
そこで,それぞれ,p値に3または6をかけるとSPSSと同じ出力が得られます。
実際,SPSSのBonferroniの出力は,同じデータでLSDのオプションを選択した場合のp値に比較数をかけたものに一致します。
定義的には,Bonferroniの方法による多重比較は,有意水準を比較数で割ったものなので(p=α/k),逆にp値に水準数をかけても同じ結果が得られるわけです(pk=α)。
例えば,k=3で,もとのp値がp1=0.01,p2=0.03,p3=0.42だとします。
5%の有意水準でBonferroniの調整を行うと,α/k=0.05/3=0.0167なので,p1のみが有意になります。
有意水準を比較数で割る代わりにp値に比較数をかけると,p1'=0.03,p2'=0.09,p3'=1.26となります。
5%を有意水準として解釈すると,pn'の中で0.05よりも小さい値はp1'だけなので,この帰無仮説のみが棄却されることになります。
確率としての通常のp値は0~1の範囲を取るはずなので,p値が1を越えた場合は1に直して表示することにすれば,SPSSの出力と同じになるはずです。
このように,どちらの方法を使っても確かに同じ検定結果が得られます。
しかし,多重比較法としては,αを割らなくてはならないのではないでしょうか。
というのは,ほとんどの多重比較では,まず有意水準を決めた後に,検定全体での危険率がその値を超えないような手続きを行うことになっているからです。
しかし,このかけ算による方法にもきちんと裏づけがあることを最近知りました。
それは,調整済みp値(adjusted p-value)という概念です。
Wright(1992)は,この調整済みp値による表記を推奨し,Bonferroniその他の方法におけるその算出方法を述べています。
Bonferroniの方法については,調整済みp値の算出は簡単です。
既に上で述べたとおりで,比較数をかけ,1.0以上の値は1にすればいいようです。
以下は,水準数4の場合の例です。
ステップ | オリジナルのp値 | 帰無仮説の数をかけた値 | Bonferroniの調整済みp値 |
1 | 0.0003 | 0.0018 | 0.0018 |
2 | 0.0040 | 0.0240 | 0.0240 |
3 | 0.0074 | 0.0444 | 0.0444 |
4 | 0.2733 | 1.6398 | 1.0000 |
5 | 0.2924 | 1.7544 | 1.0000 |
6 | 0.7976 | 4.7856 | 1.0000 |
Holmの方法の場合にも,同様の方法で調整済みp値を算出することができます。
この方法では,p値を小さい順に並べ,kの値をステップごとに1つずつ減らして検定を行います。
つまり,4水準(k=6)の場合は,ステップ1ではα/6,ステップ2ではα/5を有意水準とし,途中で1つでも有意でない比較に出会ったら検定を終了します。
この場合も,調整済みp値を算出するには分母の数をもとのp値にかけることになります。
ただし,有意でない比較に出会ったら検定をやめる,という性質を反映させる工夫が必要になります。
このために,帰無仮説の数をかけた後のp値が前のステップのp値よりも小さくなった場合は,以前のp値をそのまま使うことになっています。
例えば,以下の例では,ステップ5のかけ算後の値はステップ4のそれよりも小さくなっています。
そこで,ステップ4の値を調整済みp値とします。
このようにすれば,「前のステップの帰無仮説が棄却されない限りは次のステップの帰無仮説を棄却してはならない」という決まりにしたがうことができます。
ステップ6についても同様にする必要があります。
ステップ | オリジナルのp値 | 帰無仮説の数をかけた値 | Holmの調整済みp値 |
1 | 0.0003 | 0.0018 | 0.0018 |
2 | 0.0040 | 0.0200 | 0.0200 |
3 | 0.0074 | 0.0296 | 0.0296 |
4 | 0.2733 | 0.8199 | 0.8199 |
5 | 0.2924 | 0.5848 | 0.8199 |
6 | 0.7976 | 0.7976 | 0.8199 |
さて,それでは,このような調整済みp値にはどのような利点があるのでしょうか。
Wright(1992)が述べるところでは,
- どのくらい有意か(論文には“how significant”とあります)を知ることができる
- 特定の有意水準を想定しなくてもすむ
という2点があります。
確かにp値が有意になりそうかどうか知りたいこともありますし,有意水準を予め想定しなくても検定できるというのはその通りです。
例えば,上の表を見ると,Bonferroniの方法のときには,α≦.04でステップ1~3の帰無仮説が棄却できることがわかります。
同様に,Holmの方法のときには,α<.03で同じ3つの仮説が棄却されます。
通常のBonferroniやHolmの方法の場合には,このような見方はできず,予め何%の有意水準か決めてから検定を行う必要があります。
SPSSもこのような利点を鑑みて,調整済みp値による表示を採用しているのではないでしょうか。
SPSSにはBonferroni等の際に有意水準の指定がありませんが,この表記法であればそれが必要でないことになります(それでも,5%未満のときは*をつけるといった配慮はあるようですが)。
また,Rにも同様に調整済みp値を算出する関数があります(p.adjust)。
こうしてみると,統計ソフトウェアの仕様としては,調整済みp値は,事前の有意水準の設定を省略できるという意味で支持を得ているのかもしれません。
一方で,この表記法は誤解を招きそうな気もします。
例えば,上のHolmの方法の表を見ていると,ステップ1の比較はp=0.0018で有意,ステップ3の比較はp=0.0296で有意といったように解釈してしまいそうになります。
しかし,これまでの議論を考えると,そのような解釈は間違いであると思われます。
調整済みp値で解釈する場合,ファミリー内のすべての比較について同一の有意水準を用いなければならないはずです。
そうでなければ,もともとのα/kというBonferroniの不等式による調整が成り立たなくなるのではないでしょうか。
ステップによって恣意的に分母を変えてしまっては,ファミリーワイズのエラー率がコントロールできなくなるはずです(Holmなどのステップワイズの方法では,p値の小さい順に決められた調整値を割り当て,途中で有意でなくなったら終了というやり方を守らなくてはなりません)。
そこで,より適切には,α<.01ならステップ1の比較のみ有意,α<.03ならステップ1~3までの比較が有意,といった解釈になると思われます。
ただ,なんだかんだいっても,最終的には,5%水準か1%水準で有意かどうかを判定することになるわけです。
そう考えると,調整済みp値で個別の比較の有意性を知ったり,任意の有意水準で有意かどうかを調べたりすることの利点は,どのくらいあるといえるのでしょうか(データをくわしく検討するのはよいことだとは思いますが)。
上のような可能性を考えると,従来通りの既定の有意水準との比較の方が誤解の余地が少ないかもしれません。
もちろん,きちんと原理を理解していれば間違うはずがない,という意見ももっともなのですが。
Wright, S. P. (1992). Adjusted p-values for simultaneous inference. Biometrics, 48, 1005-1013.
Tag: 統計
認知的断想/“ワーキングメモリ”という用語の初出 †
ワーキングメモリ(working memory)という用語の初出はBaddeley & Hitch(1974)ではない,というのは何かで聞いたことがあったのですが,では何が初出なのかというのはあまり気にしていませんでした。
先日,論文を読んでいたところ,次のような記述を見つけました。
“ワーキングメモリという用語は,最初は,Miller,Galanter,Pribramによって1960年に用いられたが,〔この時点では〕ごく簡単に,プランとゴールの一時的な保持のためのシステムとして非常に一般的な意味で述べられていた。”(Logie et al., 2007, p. xiii)
Miller et al.(1960)という文献は,“Plans and the structure of behavior”というタイトルの本です。
ちなみに,このMillerは,G. A. Miller,すなわち,あのマジカルナンバー7のMillerです。
こうしてみると,Millerはマジカルナンバーに加えて,ワーキングメモリという語も心理学に導入した功績があるといえるかもしれません。
少し調べてみると,ワーキングメモリという語の初出がMiller et al.(1960)であるというのはどうやらある程度一般的な認識のようです。
“ワーキングメモリという用語がどこからきたのかは明らかではないが,それはMiller,GalanterとPribram(1960)によるプランと行動の構造という重要な,先進的な本において既に用いられていた。”(Cowan, 2005, p. 19)
“このセンターはそのような大事業にふさわしい場であるように思われる。Miller,GalanterとPribram(1960)は,プランと行動の構造という認知科学への古典的な貢献を生み出す際に,この場で‘ワーキングメモリ’という用語を考案したと思われるからである。”(Baddeley, 2007, Preface xi)
ただし,こうした引用の後には,この用語の意味を確定したり,一般に広めたりしたのは,やはりBaddeley & Hitch(1974)であろうといったことが述べられています。
Baddeley(2007)はやや違っていて,自分とHitchがこの用語を得たのは,Atkinson & Shiffrin(1968)の方からだったと思う,といったことを述べています。
とりあえず,用語自体の初出はMiller et al.(1960),(おそらくは)専門用語としての認識のもとに使用したのがAtkinson & Shiffrin(1968),それを広めたのはBaddeley & Hitch(1974)といったところではないでしょうか。
何となく,「織田がこね,羽柴がつきし天下餅,座りしままに喰うは徳川」という狂歌を思い出しました。
もちろん,徳川氏もBaddeley & Hitchもただ座っていたわけではありませんが。
Atkinson, R. C., & Shiffrin, R. M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. In K. W. Spence (Ed.), The psychology of learning and motivation, vol. 2 (pp. 89-195). New York: Academic Press.
Baddeley, A. (2007). Working meory, thought, and action. UK: Oxford University Press.(バドリー, A. 井関龍太・齊藤智・川﨑惠里子 (訳) (2012). ワーキングメモリ-思考と行為の心理学的基盤- 誠信書房)
Baddeley, A. D., & Hitch, G. (1974). Working memory. In G. H. Bower (Ed.), The psychology of learning and motivation, Vol. 8 (pp. 47-89). New York: Academic Press.
Cowan, N. (2005). Working memory capacity. New York: Psychology Press.
Logie, R. H., Osaka, N., & D'Esposito, M. (2007). Working memory capacity, control, components and theory: An editorial overview. In N. Osaka, R. H. Logie, & M. D'Esposito (Eds.), The cognitive neuroscience of working memory. Oxford University Press. pp. xiii-xvii.
Miller, G. A., Galanter, E., & Pribram, K. H. (1960). Plans and the structure of behavior. New York: Henry Holt and Company.(ミラー, G. A.・ギャランター, E.・プリブラム, K. H. 十島雍蔵・佐久間章・黒田輝彦・江頭辛晴 (訳) (1980). プランと行動の構造-心理サイバネティクス序説- 誠信書房)
Tag: 記憶