認知的断想/ハンドアウトは渡した方がいい - 井関龍太のページ

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認知的断想/ハンドアウトは渡した方がいい

Last-modified: 2014年07月21日 (月) 11:51:44 (1583d)
Top > 認知的断想 > ハンドアウトは渡した方がいい

最近では,大学の通常の授業でも,PowerPointなどのスライドを使うことがめずらしくなくなってきました。
スライド中心の授業を行うとき,講師として迷いを感じるのは,ハンドアウトを配るかどうか,ということです。
ここでいうハンドアウトとは,スライドを紙に打ち出したもののことです。

PowerPointを使った授業でハンドアウトを配ると学生がノートを取らなくなる,という人がいます。
座っているだけできれいなハンドアウトが手に入ってしまうとそれで満足してしまい,スライドにはない先生の話などメモしなくなるだろう,というわけです。
一理ある気がします。

しかし,一方で,ハンドアウトを配らないと授業のペースがつかみにくいという問題もあります。
黒板を使って授業する場合は,講師が板書をするのに結構時間がかかるので,生徒もそれに合わせてノートを取ることができます(たまに,ものすごく書くのが速くてついていけないような先生もいますが)。
これがスライドの場合には,講師は板書をする必要がないわけです。
ボタンひとつで瞬時にスライドが現れます(もっとも,準備には相応の時間がかかっているわけですが)。

ここで,講師の取る道は少なくとも2つあります。

ひとつは,生徒がスライドをノートし終わるまで待つ,という方法です。
これは順当な方法かもしれませんが,黙って待っていると講師は手持ち無沙汰ですし,早くノートできる生徒も暇になります。
慣れた講師だとこの間に余談を話したりするそうですが,初心者にはなかなか難しいです。
もうひとつは,生徒がノートを取ることを期待せずにどんどん進めてしまう,という方法です。
これは妙な間を作らなくてすむという点ではよいのですが,情報量が多すぎてついていけなくなる生徒が続出する恐れがあります。

ハンドアウトを配っていれば,生徒がノートを取る時間,というものを考慮する必要性はぐっと少なくなります。
それなら,やっぱりハンドアウトを配ろうか……でも,それだと生徒の勉強にならないのではないか……と煩悶することになるわけです。
そして,折衷案として,授業の前ではなく,終わった後に配ることにしたらどうか,と考えたりもするのです。
しかし,その場合,最後にハンドアウトだけ持っていく生徒ばかりになったりしないだろうか?

そんなことを思っている中で興味深い研究を見つけました。
Marsh & Sink(2010)は,ずばりこの問題,すなわち,ハンドアウトを生徒に配ることが学習に及ぼす影響を実験的に検討しています。
特に,ハンドアウトを渡すとしたら,講義の前がいいのか,後がいいのかということも問題にしています。

この研究では,まず,実験前に事前調査を行っているのですが,この結果も興味深いです。
事前調査では,学生と講師にハンドアウトをもらいたいか/配りたいか,そうするとしたら講義の前と後のどちらがいいかを尋ねています。
学生の方は,大部分が講義前にハンドアウトをほしいと回答しました(回答者の74%)。
一方,講師の方は,いまひとつ気が乗らないようで,講義前に配りたい人は半数(50%),配りたくないという人も結構いました(21%;ちなみに,学生でハンドアウトがいらないという人は4%)。
この結果は,まさに上で挙げたような講師の懸念(“勉強にならないのではないか”)を反映しているように思います。

実験では,PowerPointを使って科学の科目を教える授業のビデオを見せています。
ビデオを使ったのは,すべての条件で授業内容を完全に同じに統制するためでしょう。
そして,ビデオ視聴中=授業中にノートを取ってもらい,最後にテストを実施しました。
ハンドアウトについては,講義前に見られる条件と見られない条件,講義後に見られる条件と見られない条件が組み合わせてありました(つまり,あり/なし×あり/なしの4条件がありました)。

実験の結果をおおまかにまとめると,ハンドアウトがあった条件の方が最後のテストの成績が良くなりました。
具体的には,講義後におさらい用としてハンドアウトを渡すことは,成績を良くしました。
講義前に渡すことの効果は実験によってやや結果が違っていますが,少なくとも,成績が下がることはありませんでした。

また,ハンドアウトを事前に渡すことで講義中に取るノートの量が少なくなりました。
これは,一見すると,よろしくない結果のように見えますが,そうではありません。
ノートの内容を分析すると,そのほとんどはスライドの内容を写したものでした。
そうすると,ハンドアウトがあることによってノートの量が減ったのは,スライドを写す必要がなくなったからだとわかります。
(ただし,この実験では,ハンドアウトがあっても,スライドにない情報をよりたくさん書くようにはならなかったそうです。)
さらに,先に述べたように,このことはテストの成績を下げません。

そこで,Marsh & Sinkは,ハンドアウトを配って授業をした方が効率的であると述べています。
成績に影響しないなら無駄なノート時間を節約した方がいいだろう,というわけです。
このあたりの割り切り方については,さすが合理的だな~と感心してしまいました。

というわけで,現在のところの心理学の研究結果によれば,授業の際にハンドアウトを配ることは害にはならず,どちらかといえば,勉強を助けるようです。
もちろん,この結果を通年の授業にもそのまま適用できるか確かめるには,さらなる研究が必要になることでしょう。
たとえば,この研究の実験参加者はわざわざ一時間以上もかかるような実験に協力してくれているわけで,いかにビデオの講義がつまらなかったとしても途中で居眠りしたりはしなかったでしょう。
実験に参加するということそのものがルーチン的な授業とは違っていて刺激的だったかもしれません。
他にも,実際の授業に応用するには,いろいろな違いを超えて効果を引き出すための工夫が必要になってくることでしょう。

そういう研究がひととおり進んだら,今度は,講師の話をもっとノートに取ってもらうための,いや,それ以前にもっと聞いてもらうための研究も必要ですね……。


Marsh, E. J., & Sink, H. E. (2010). Access to handouts of presentation slides during lecture: Consequences for learning. Applied Cognitive Psychology, 24, 691-706.

(2009-07-01)
Tag: 情報化社会の認知
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