認知的断想/ピグマリオン効果を期待できるか - 井関龍太のページ

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認知的断想/ピグマリオン効果を期待できるか

Last-modified: 2013年11月02日 (土) 19:20:27 (1836d)
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ピグマリオン効果をご存じでしょうか。
有名なのは,以下のような実験です。
学期の最初に特別なテストを実施して,今後成績が伸びる可能性が高い生徒が誰なのかを担任の教師に教えます。
実際には,これらの生徒は実力に関わらず無作為に選ばれただけの生徒です。
しかし,8ヶ月後に再びテストを実施すると,この有望だとされた生徒は他の生徒よりも実際に成績が伸びていたというのです。

この実験を行ったRosenthalは,これを教師期待効果と呼んでいます。
つまり,教師が期待をかけたことによって,もともとは他の生徒と実力差のなかった生徒の成績が実際に伸びたという現象なのです。
この効果はギリシア神話にちなんでピグマリオン効果と呼ばれるようになりました。

今回,別の目的があって“Improving Academic Achievement: Impact of Psychological Factors on Education”という本を見つけたのですが,この本は,教育心理学に関係する様々な現象について,それぞれ,その第一人者が紹介・議論するというものです。
この中にRosenthal自身によるピグマリオン効果についての章があって,いろいろと認識を新たにするところがあったので,内容の一部を紹介しておきたいと思います。

さて,このピグマリオン効果,ウィキペディアでは批判者は実験者効果の一種として扱うといった記述がされていますが,提唱者であるRosenthal自身の論文によれば,そもそもが実験者期待効果の研究の中から生まれたもののようです(Rosenthal, 2002)。

最初の研究は,心理学の実験者を対象としたものでした。
大学生・大学院生が心理学の実験者として働くことになっていました。
彼らが担当する実験は,参加者に10枚の顔写真を見せて,それぞれの写真の人物がどのくらい成功・失敗しそうかを+10点から-10点で評定してもらうというものでした。
実験者は全員共通の手続きで,同じ教示を読み上げて実験を行うことになっていました。
ただし,半数の実験者には,参加者が+方向の評定をしたなら過去の実験結果を再現できたことになると告げてあり,残り半数の実験者には,参加者が-方向の評定をしたなら同様であると告げてありました。
実験の結果,+の評定を期待した実験者は,-の評定を期待した実験者よりも高い評定を,つまり,より多くの+の評定をデータとして得ることになりました。
共通の手続き,同じ教示で実験を行ったはずなのに,実験者の期待が結果に影響したのです。

同様の結果は,動物を使った研究でも見られました。
今度の実験内容は,ラットの迷路探索です。
半数の実験者には,彼らの扱っているラットは近親交配によって作られた迷路が得意なラットであると告げ,他の半数の実験者には,迷路が苦手なラットであると告げてありました。
実験の結果は,まさに期待通り,優れた成績を収めると期待されたラットは,そうでないラットよりも迷路学習の上達が早いというものでした。
自分たちの扱うラットが優秀であると思っている実験者たちは,他の実験者たちに比べて,自分たちのラットがより賢く,かわいいと思っており,リラックスして接することができ,ラットの行動を友情にあふれたもの,熱心なものと見なしていました。
また,ラットをより多く手に乗せ,より優しく扱っていると報告しました。

この効果は,学校における人間の児童にも当てはまるのではないだろうか?
とRosenthalが論文に書いたところ,サンフランシスコの小学校の校長先生から連絡があり,冒頭に紹介した,学校での実験が行われたのでした。

もともとが実験者期待効果の研究であること,また,ラットの研究の例からもわかる通り,本来,ピグマリオン効果とは,期待をかけられた人が伸びることを指すのではなく,何らかの期待を抱いていると本当は公平に扱うべき対象(実験参加者や生徒)の一部に対してだけ自分(実験者や教師)の期待通りになるように(おそらく無意識に)働きかけてしまうことを指しているのです。
実験参加者やラット,生徒のふるまいが変わることは,実験者や教師がそうなるように働きかけた結果なので,それ自体は驚くべきことではないでしょう。
むしろ,すべての対象を同じように扱うべく努めているはずの人々がそうしない,そうできないことが注目すべきところでしょう(プラシーボ効果に似ているかもしれません)。
このためか,ピグマリオン効果を教育に応用しようとすることには批判もなされているようです。

その他にもこの実験には様々に批判が寄せられましたが,その中でも,実験研究として問題になるのは再現性がないというものでしょう。
これに対して,Rosenthal(2002)は特にセクションを設けて答えています。
それによると,対人的な期待効果はなんと497の研究によって再現されたとのことです。
これは,心理学の行動実験としてはかなりの数の追試だと思います。
また,効果量を表す相関は0.30だそうです。
この主張が正しいとすれば,ピグマリオン効果は再現できないというのは,一部の批判が注目を浴びたことによる印象論にすぎないのかもしれません。
ピグマリオン効果に対する再現性の問題以外の批判についても,Rosenthalはタイプ分けして簡単に応答しています(詳しくは,Rosenthal, 2002を参照ください)。

最後に,ピグマリオン効果の4つの媒介変数を紹介しておきます。

(1)空気:教師が高い期待を抱く生徒に向けて作る,温かい社会情動的空気
(2)入力:教師が“特別”な生徒により多くのことを教える傾向
(3)出力:教師が“特別”な生徒には応答する機会をより多く与える
(4)フィードバック:教師が“特別”な生徒に,より多くの個別化されたフィードバックを与える傾向(生徒の答えの正誤に応じたもの,生徒の発言に直接関連したものなど)

だそうで,このうち,(1)空気と(2)入力の影響が特に大きいとのことです。

教育心理学や教職課程の文脈では,ピグマリオン効果を引き合いに出して,教師が生徒に期待することの重要性が指摘されることがあります。
教師は知らず知らずのうちに,期待している生徒には,質問をしてから返事を待つまでの時間を長く取るとか,間違った答えをしても肯定的なフィードバックを返すものである。
こうした対応をなるべくどの生徒にもするべきだ,そうすれば,どの生徒ももっと伸びていくだろう……というわけです。

しかし,実際には,それは難しいかもしれません。
Rosenthalが小学校で実験をするときに校長先生から指摘を受けたこととして,教師に生徒の有望性を信じさせることは難しい,ということがあります。
教師は実際に生徒を見ていますし,外部から突然やってきた研究者が何か言っただけでは簡単に信じないということです。
この指摘があったので,Rosenthalはわざわざ事前にテストを行って,その得点で生徒の資質を判定したことにしたのでした。

また,この論文では,期待を抱くことになる生徒とのつきあいが2週間以内の教師の場合には91%の研究でピグマリオン効果が見られたが,2週間以上のつきあいがある教師では12%の研究でしか効果が見られなかったことも報告しています。
実際に生徒を知っていてどのくらいの実力かがはっきりわかってしまうと,事実に関わらず,“この子はきっと伸びる!”という幻想を抱くのは難しくなってしまうのかもしれません。
ふだんは無意識に抱いている期待を(特別なテストなどの外部の力でなく)教師の意志の力で抱くことができるのか,できたとしても,それは同じ効果を生み出すのかなど,まだまだ課題は残されている気がします。


Rosenthal, R. (2002). The Pygmalion effect and its mediating mechanisms. In J. Aronson (Ed.), Improving Academic Achievement: Impact of Psychological Factors on Education. Amsterdam: Academic Press. pp. 25-36.

(2011-01-30)
(2013-11-02 加筆)
Tag: 認知科学
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