認知的断想/心理学にとっての系列位置効果の意義 - 井関龍太のページ

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認知的断想/心理学にとっての系列位置効果の意義

Last-modified: 2013年09月30日 (月) 01:40:29 (1870d)
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記憶研究の古典的な発見として,自由再生における系列位置効果があります。
これは,初頭効果新近効果の2つを合わせた総称です。
系列位置効果に関する有名な知見としては,再生前に妨害課題を課すと新近効果のみが消失するというものがあります。

この現象は,教科書では,よく以下のように説明されています。
初頭部分は十分なリハーサルができているために(長期記憶への転送がすんでおり)時間が経っても,また,妨害があってもそれなりに再生できる。
しかし,新近部分ではそうはいかない。
妨害なしで提示直後に再生を求めた場合には,短期記憶から読み出せるので新近部分の再生は優れている。
だが,再生前に妨害課題を行うと,リハーサルは阻害されるし,短期記憶に入っていた項目は押し出されるしで,短期記憶からの読み出しができない。
そこで,妨害課題が加わったときには新近効果は起きない。
以上のことからして,系列位置効果は,二重貯蔵モデルを支持する現象である。
すなわち,短期記憶成分と長期記憶成分の分離をうまく反映している,というわけです。

しかし,この説明は磐石なものではないことがわかっています。
リスト提示後に妨害課題を行うと新近効果が消失することは,何度も追試され確認されてきました。
そのような研究では,通常,リスト中のすべての項目を提示し終えた後に妨害課題を行います(項目1,項目2,...項目n,妨害課題)。
ところが,リスト項目をひとつ提示するたびに妨害課題をやってみようという研究が現れるようになりました(項目1,妨害課題,項目2,妨害課題,...項目n,妨害課題)。
このような方法(連続妨害課題法)で実験を行うと,新近効果は復活しました
この現象は,長期新近効果(long-term recency effect)と呼ばれています。

この効果を前提とすると,先の二重貯蔵モデルによる説明は適切でないことになります。
毎回妨害課題をするのなら,どの項目も同じようにリハーサル不足になるはずです(長期記憶への転送失敗)。
少なくとも,新近効果が現れなければならない理由はありません(新近項目は最後の妨害課題のために短期記憶には残存していないはず)。
この長期新近効果もまた何度も追試され再現されてきました(佐藤, 1988)。
さらに,リスト提示から数週間後でも(長期)新近効果が見出せることを報告する研究も出てきました。
そうすると,新近効果は,短期記憶の読み出しによっているという説明は一層怪しくなります。

それでは,新近効果はどのように説明したらよいのでしょうか。
有力な仮説として提案されているのが比の法則(ratio rule)です。
これは,リスト再生における再生率を“提示間間隔(項目同士の提示間の時間間隔):保持間隔(リストで最後に提示された項目から再生までの時間間隔)”の比によって説明しようというものです。
この説では,項目間の弁別性(示差性)が再生にとって特に重要であると考えます。
まず,リスト中の項目同士がお互いに離れていた方が区別がしやすく,検索しやすいと想定されます。
また,リスト提示から時間が経つほどこの区別はあいまいになるものと思われます。
そこで,提示間間隔/保持間隔の値が大きいほど新近効果は大きくなります。

この考えによれば,絶対的な時間の長さは問題ではありません。
1秒/1秒でも,1分/1分でも,1日/1日でも比は同じになります。
このように,比の法則はリハーサルも二重貯蔵も仮定することなく新近効果を説明しています。
(しかも,近年の心理学の研究にはめずらしく,法則を主張しています。)

しかし,以上のような議論については批判もあります。

まず第一に,長期新近効果は,通常の新近効果とは別のメカニズムによる現象ではないのか,との議論がなされています。
確かに,項目の提示毎に30秒もの妨害課題を課した状況では,項目だけを連続してひたすら学習する状況とは記憶の性質が大きく異なっているかもしれません。
一方で,比の法則には,通常の新近効果も長期新近効果も両方とも説明できるという利点があります。
この論点については,今後のさらなる評価を待たねばならないと思われます。

また,比の法則が成り立つにしても,この法則はそれ自体では記憶のメカニズムを明らかにしないのではという疑問もあります。
比で表せる法則性が見られるとしても,短期記憶とかリハーサルとかの概念装置とは関係なく数的関係性を表現するだけでは,保持や再生などのプロセスについて何もわからないのではないか,ということです。
貯蔵庫や検索といったメタファーとは違って,数理的関係の記述だけというのは味気ないですし,抽象的でわかりにくい感じがします。
だからといって,それが間違っているとはいえないわけですが……。

(比の法則に関する議論についてさらに詳しく知りたい方は,Neath & Surprenant, 2003の3章を参照ください。様々な妨害課題の操作による新近効果の有無,比の法則の拡張から初頭効果も説明する試みなどが紹介されています。また,長期新近効果及び比の法則とその理論的解釈については,佐藤, 1988で詳しく論じられています。)

ともあれ,妨害課題を項目毎に挟むと新近効果が復活するという知見自体は,1970年代に既に報告されていました(e.g., Bjork & Whitten, 1974; Tzeng, 1973:ただし,Neath & Surprenant, 2003より引用)。
また,これらの研究は,特に埋もれていたというわけでもなく,記憶分野の著名な研究書でも引用・紹介されています(Baddeley, 1986, 2007; Cowan, 2005; Crowder, 1976; Neath & Surprenant, 2003)。
にも関わらず,古いままの説明によっている教科書が多いのです。

確かに,系列位置効果を単純に二重貯蔵モデルの証拠として説明した方が話はしやすいのです。
教科書の構成としては,短期記憶と長期記憶が分かれることをまず説明して,それから,それぞれの記憶について詳しく説明していきましょう,とした方が流れはスムーズです。
また,上のような新近効果に関する説明自体がややこしく面倒であるということもその通りです。
いったん二重貯蔵モデルの証拠に見えますね,と言っておいて,でも実は違うんです,というのは初学者には非常にわかりにくいと思います。
比の法則自体も何だかよくわからない,という面もあると思います。

しかし,だからといって,疑問の余地のあることが判明している論理を中心に議論を展開してしまうのは問題があるのではないでしょうか。
複数ある対立仮説のひとつとして挙げるのならともかく,これが定説です,という形で提示してしまうのは教育上よろしくないような気もします。

どのように解釈するかはともかくとして,再生前に妨害課題を行うと系列位置効果(のうち新近効果)が消えるという現象が条件によって違ってくることははっきりしているのです。
おそらく,私が知らないだけで,心理学の他の分野にも同じような扱いがされている現象がいろいろと眠っているのかもしれません。

というわけで,系列位置効果が心理学にとって持つ意義が何かといえば,それは,あまりに面倒な事実に直面すると人はついついわかりやすい(しかし事実でない)説明に頼ってしまう傾向があるという教訓にあるのではないでしょうか。


Baddeley, A. (1986). Working memory. UK: Oxford University Press.
Baddeley, A. (2007). Working memory, thought, and action. Oxford University Press.(バドリー, A. 井関龍太・齊藤智・川﨑惠里子 (訳) (2012). ワーキングメモリ-思考と行為の心理学的基盤- 誠信書房)
Bjork, R. A., & Whitten, W. B. (1974). Recency-sensitive retrieval processes in long-term free recall. Cognitive Psychology, 6, 173-189. [Link to 著者ページ]
Cowan, N. (2005). Working memory capacity. New York: Psychology Press.
Crowder, R. G. (1976). Principles of learning and memory. Hillsdale, NJ: Lawrence Erlbaum Associates.
Neath, I., & Surprenant, A. M. (2003). Human memory: An introduction to research, data, and theory (second edition). Australia, Wadsworth.
佐藤浩一 (1988). 長期新近性効果の解釈をめぐる諸問題. 心理学評論, 31, 455-479.

(2008-06-25)
Tag: 記憶
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