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#author("2023-01-04T15:08:30+09:00","default:riseki","riseki")
記憶の研究に関心がある方なら,&color(darkorchid){''マジカルナンバー7±2''};というフレーズを聞いたことがあるのではないでしょうか。
このフレーズが“一度におぼえられる記憶項目の数は7±2くらいだ”という仮説を表していると思っておられる方も多いかもしれません。
しかし,このマジカルナンバー7±2の出典とされるMiller(1956)の論文では,そのような主張はなされていないのです。
まず,Millerの論文をよく確認してみましょう。
この論文は,単独の実験の結果を報告した原著論文ではなく,複数の研究の結果を総合的に評価する展望論文に当たります。
ですから,もし特定の実験の結果を参照したいのであれば,この論文を引用するのは適切ではなく,もとの実験を行った原著論文を引用するほうがよいということになります。
では,この論文はどんな研究を展望しているのでしょうか。
そのひとつには,直後記憶の範囲,あるいは,記憶スパンの研究があります。
これは,実験参加者に複数の数字や単語を提示して直後に再生してもらい,いくつを正しく再生できるかを調べる手続きです。
こう書くと,ほら,ちゃんと記憶限界の話があるじゃないか,と思われるかもしれません。
ところが,この記憶スパンを主に扱う節は,邦訳にして32ページになる論文中の5ページぶんだけなのです。
また,引用されている実験データも,HayesによるものとPollackによるものの2つです。
Hayesによれば,記憶項目が二進法の数字のときは平均して約9項目,単音節の英単語のときは約5項目の正再生が得られています。
確かに,7±2の範囲に入る結果です。
これに対して,Pollackでは,文字や数字を使って,入力情報が増すほど保持量もほぼ直線的に増加するという結果が得られています(ただし,採点法そのものが違うようです)。
もちろん,後者の研究で明らかに7±2の範囲を超えて再生できることを説明するために,有名な&color(darkorchid){''チャンク''};の概念が導入されたのでした。
そう,7±2であるのは,記憶項目の数ではなく,チャンクの数なのです。
このチャンクの発想に基づけば,練習によって記憶限界はかなり増やすことができるはずです。
この話題を扱った節がおよそ5ページあり,Smithの研究が紹介されます。
Smithは二進法の数字をチャンクにまとめておぼえる方法(自分で八進法の数字に符号化しなおす)をトレーニングすることで記憶スパンを延ばせることを実証しました。
ただし,実験参加者の実際の成績は,トレーニング前よりはよくなったものの,チャンクサイズから予想されるよりは少なかったそうです。
やはり一般の人にはなかなか厳しいトレーニングだったのかもしれません。
そこで,Smithは自分自身をトレーニングし続けたところ,ほぼ予想通りの成績にまで達しました(約40個の数字を再生!)。
こうしてみると,期待するよりもデータは少ないものの,やっぱり記憶の限界は7±2だという話じゃないか,と思われるかもしれません。
“記憶項目”でなく“チャンク”ならいいんだろう,とも思われるかもしれません。
ところが,そうではないのです。
さて,ここまでの話でだいたい10ページということは,この論文のあとの20ページ近くではいったい何を論じているのでしょうか。
実は,この論文で最も大きく扱われている(と私には思える)のは,&color(darkorchid){''絶対判断''};の研究なのです。
約14ページがこの部分に当てられています。
残りは,情報理論の話と,3つめのトピックである即座の把握の話に当てられます。
絶対判断とは,ある刺激を与えられたときに,それが予め与えられたどのカテゴリーに相当するものかを答える課題です。
例えば,音の絶対判断では,実験試行の前に高い音と低い音などを実験参加者に聞かせておいて,それぞれに番号を割り当てます(高音=1,低音=2など)。
この番号の割り当てができたら,刺激音を提示します(例えば,高音)。
実験参加者は,その刺激に割り当てられた番号を答えることになります(「1」)。
今の例は2つでしたが,実際の実験では,使用する刺激の種類を3つ,4つ,……と増やしていくのです。
5種類以上の高さの音になると弁別成績はかなり落ちます。
この絶対判断のデータを検討する際にMillerが利用したのが,先にちらりとふれた情報理論です。
情報理論を絶対判断の実験に当てはめて考えると,実験参加者は情報をやり取りする通信回線の一種とみることができます。
刺激という入力情報を受けて,それが実験参加者の中を通って,反応という出力情報になって出てくるわけです。
入力情報を増やしていけば,理屈の上では,出力情報も増えるはずです。
しかし,人間という通信回線には容量の限界がありそうです。
そこで,入力情報を増やしたときの出力情報の増大が頭打ちになる点を求めれば,人間の通信回線容量がわかるのではないか,と考えたわけです。
Millerは情報理論にならって,入力と出力の情報量をビットで表現しています。
1ビットは,2つの可能性を区別できる情報量です。
つまり,音の絶対判断でいえば,2種類の音が1ビットに当たります。
2ビットなら4種類,3ビットなら8種類の音が区別できます。
音の絶対判断の実験によると,成績が頭打ちになるところ,すなわち,音の回線容量はだいたい2.5ビットでした。
2.5ビットとは,およそ6つの音が区別できる情報量です。
そう,この一度に区別できる刺激の種類の限界が7±2の範囲に入る,というのがこの絶対判断の研究からわかることなのです。
音の高さ以外にも,音の大きさ,味覚の強さ,視覚による位置の判断など,様々な感覚と感覚特性における絶対判断の研究が参照されています。
そのいずれも,多少のばらつきはありますが,2~3ビットの間に限界を見出しているのです。
だから,Millerの主張は,記憶ではなく,より正確には“情報処理容量”に7±2の限界がある,というものなのです。
さらには,一次元だけでなく,多次元刺激の絶対判断に関する研究もレヴューされます。
ここでいう多次元刺激とは,刺激の変化が複数の次元にまたがるものをいいます。
例えば,正方形の中の点の位置が縦次元と横次元の2つで変化する,食塩とショ糖の両方を溶液に溶かすことで甘さと塩辛さの両方の次元で変えるなどです。
こうした多次元刺激を使った場合,刺激の次元数を増すにつれて,トータルで出力できる反応の情報量は増えますが,個々の次元の判断の精度は減少していくそうです。
上記の正方形中の点の場合,二次元では4.6ビットですが,一次元の変化では3.25ビットとなり,二次元の場合に一次元の倍の情報を処理できるようにはなっていません。
聴覚の6つの変数(周波数,強度,中断率など)を操作して,最大で5^6個の音を使えるようにした実験では,7.2ビットの伝達情報量が得られたそうです。
これは約150のカテゴリーに相当するとか。
こうしてみると,この絶対判断に関しても,単純に7±2個を区別できるという話にはなっていないのがわかります。
現に,この多次元刺激の節は,Millerの次のような論述で始まります。
>これまで私が注意深く,不思議な数“7”は,一次元の判断に当てはまると述べてきたことに,読者は気づかれたかもしれない。(ミラー, 1956/1972, p. 24)
<
そして,この節は次のコメントで終わります。
>この種の実験が示しているのは,同時に一つ以上の属性を判断しなければならないときには,個々の判断がより不正確になるということであって,これは,誠にもっともな結論といえよう。(ミラー, 1956/1972, p. 24)
<
そうすると,実はMillerは7±2の限界にはそれほどこだわっていないことがわかります。
むしろ,チャンキングにも似たような,この限界の上にあるメカニズムを考えているのではないでしょうか。
レヴューの3つめのトピックとして,即座の把握とかサビタイジングと呼ばれる研究が取り上げられています(2ページだけ)。
これは,ドット(点)などの刺激を短期的に提示すると,すばやく正確に把握できる個数はだいたい決まっている(ほとんど個人差がない)という現象です。
Millerはこの個数が7個であるとしています(引用されている研究は1件だけ)。
しかし,これは今となっては正しくない結論だと思います。
というのは,サビタイジングは,一般的には,4個の限界とされることが多いからです(Trick & Pylyshyn, 1994)。
のちのこの分野の研究のレヴューによれば,基本的にどの研究も3個か4個の限界を示しており,まれにそれよりも多い個数での限界が報告されているとのことです。
ただし,5個以上の限界を報告する研究は古い時代のものが多く,この結果は刺激提示時間の制御が十分でなかったことによるものである可能性があります。
ということで,Miller(1956)の扱った3つのトピックのうち,サビタイジングに対してだけは,比較的にはっきりと現在のデータからみて7±2ではなさそうだといえると思います。
やや長くなりましたが,Miller(1956)の論文で扱っているのは,上に述べたとおり,絶対判断,即座の把握,直後記憶の範囲の3つの研究です。
それらに共通の限界がある,というのが論文のモチーフではあるのですが,実はそれぞれの研究領域ごとに限界のあり方は少しずつ違っています。
さらには,主張の根拠とするデータの量や質にもけっこうな違いがあります。
もっとも充実して述べられているのは絶対判断で,その次が記憶スパン,最後にサビタイジングとなるでしょう。
しかし,一番信頼のおけそうな絶対判断の研究においてさえ,多次元刺激の判断を考えれば,7±2の限界は成立していないのです。
むしろ,Millerの興味は違ったところにありそうです。
それでは,どうしてこのような3つの別々のトピックを並べた論文が生まれたのでしょうか。
それには,ある事情がありました。
この論文は,もともとはMillerの招待講演の内容をもとにしたものでした。
Cowan(2005)が詳しく紹介していますが,このあたりの事情についてはMiller自身が自伝的な論述を残しています(Miller, 1989)。
当時,MillerはEastern Psychological Associationから招待講演の依頼を受けました。
Millerはこの栄誉ある招待をぜひ受けたいと考えていましたが,しかし,このとき,一時間の講演をするだけの十分な材料がありませんでした。
絶対判断と直後記憶というそれぞれ別々のテーマ(Millerは“totally unrelated projects”(Miller, 1989, p. 401)と述べています)のものしかなく,30分ずつ別々の話にするのもいやだったので,Millerはさんざん悩み,依頼側に相談したりしました。
その結果,Millerはついにこの2つのテーマを結びつけるものを思いつくのです。
>私が考えることのできた唯一のものは,数の類似であった。数字の即時記憶のスパンは大体7である。絶対判断の研究から出てきたチャンネル容量は,大体2.5~3ビットの情報を走らせる。2.5ビットは6つの選択肢であるということに突然気づいたとき,その2つがどんなふうにつながるのかが見えた。それは表面的な類似ではあったが,私にEPAの招待を受けられるようにしてくれた。私はその講演にユーモラスなタイトルを選んだ。“魔法の数7,プラス・マイナス2”と。この絶対判断と即時記憶の電撃結婚が冗談以上のものでないと私がわかっていることがはっきりするだろうと考えてのことだった。しかし,それにもう少し正当性を与えるために,第三の事例として,Mount Holyoke大学での数の弁別についての実験を投入した:ドットからなる偶然的なパターンを画面上に短期的に点滅させると,5~6ドットまでの数しか正確に推定できない。(Miller, 1989, p. 401)
<
ということで,Miller本人としては,マジカルナンバーはちょっとした話題の種として考えついたものだったようです。
そういわれてみれば,Miller(1956)は,冒頭も終わりの部分もちょっと冗談めかしています。
Millerは,なぜこの論文がこんなによく引用されるのかわからない,他の論文にもいいものがあるんだけどね,といったコメントをしています(Miller, 1989, p. 402)。
それでは,マジカルナンバー7±2というのは(特に,これが記憶限界であるという解釈は)十分な根拠のない説なのでしょうか。
これがまた面倒なのですが,そうとも言い切れないのではないかという気がしています。
確かに,あちこちで不正確に引用・紹介されているために,もとのアイデアよりも広く捉えられていたり,逆に狭く捉えられたりしていて,これらの誤解に関していえば,十分な実証的・理論的根拠はないといえるのではないかと思います。
記憶スパンの限界は7±2だ,ということも,Miller(1956)では(タイトルから受ける印象を除けば)それほどはっきりと主張されてはいないし,提示されているデータからみても支持されているといえるのかは疑問に感じます。
にも関わらず,経験則としてはなお7±2が当てはまる場合があるように思えるのです。
例えば,Cowan et al.(1999)は,成人の数字スパンの平均が7.38であることを報告しています。
子どもの成績と比較するために収集されたデータなのですが,きれいに7±2らしく見えます。
同様に,Allen & Baddeley(2009)も,成人の数字スパンが平均で7.54になったと報告しています。
単語スパンになるともう少し値は小さく,Jefferies et al.(2004)は,3つの実験で,それぞれ,6.50,5.88,5.80の平均値を報告しています。
これらの研究がどれだけ代表的かはわかりませんが,平均値は7±2の範囲には入っていそうな気がします。
ただし,これらは記憶スパンという限られた実験状況の中での話です。
Cowan(2001)は,厳密な統制を行なえば,注意や短期記憶の限界は4±1の範囲に収まると論じています。
通常の記憶スパン課題では,短期記憶の容量だけでなく,リハーサル方略のうまさや選び方,実験参加者の既有知識など,他の要因が成績に影響する可能性があります。
そこで,二重課題を課す,注意を他の刺激に逸らすなどの方法によって,記憶以外の要因が成績に貢献する可能性を最小限にすると,7±2ではなく,4±1になるというのです。
Cowanの論文でも,即座の把握の話題が4±1の例として取り上げられており,注意の研究に近い,より厳密な統制を重視する研究領域では4±1のほうが有力そうです。
でも,雑多な要因が混じりこむ状況では,今でも7±2が通用しそうな気がするのです。
しかし,本当のところは,数がいくつかということそのものは,理論的にはそれほど重要ではないのかもしれません。
Miller(1956)は,わりと論文の最初の方から,刺激の次元を増やしたり,記憶項目を再符号化することで,処理容量を増やすことに着目しています。
Cowan(2005)も,限界の数そのものというよりは,情報処理の限界を生み出すメカニズムや限界が存在することの意義の方に重点を置いているように思えます。
“人間の情報処理限界はいくつである”などと言われると,つい何かがわかったような気になってしまいますが,本当はそこからが議論の始まりなのかもしれません。
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Allen, R. J., & Baddeley, A. D. (2009). Working memory and sentence recall. In A. Thorn & M. Page (Eds.), '''Interactions Between Short-Term and Long-Term Memory in the Verbal Domain'''. Hove and New York: Psychology Press. pp. 63-85.
Cowan, N. (2001). The magical number 4 in short-term memory: A reconsideration of mental storage capacity. '''Behavioral and Brain Sciences''', ''24'', 87-185.
Cowan, N. (2005). '''Working memory capacity'''. Hove, East Sussex, UK: Psychology Press.
Cowan, N., Nugent, L. D., Elliott, E. M., Ponomarev, I., & Saults, J. S. (1999). The role of attention in the development of short-term memory: Age differences in the verbal span of apprehension. '''Child Development''', ''70'', 1082-1097.
Jefferies, E., Lambon Ralph, M. A., & Baddeley, A. D. (2004). Automatic and controlled processing in sentence recall: The role of long-term and working memory. '''Journal of Memory and Language''', ''51'', 623-643.
Miller, G. A. (1956). The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information. '''Psychological Review''', ''63'', 81-97. [[[Link to Cogprints]>http://cogprints.org/730/1/miller.html]](ミラー, G. A. 高田洋一郎 (訳) (1972). 不思議な数“7”,プラス・マイナス2-人間の情報処理容量のある種の限界- G. A. ミラー 高田洋一郎 (訳) 心理学への情報科学的アプローチ 培風館 pp. 13-44.)
Miller, G. A. (1989). George A. Miller. In G. Lindzey (Ed.), '''A History of psychology in autobiography (vol. VIII)'''. Stanford, CA: Stanford University Press. pp. 391-418.
Trick, L. M., & Pylyshyn, Z. W. (1994). Why are small and large numbers enumerated differently? A limited-capacity preattentive stage in vision. '''Psychological Review''', ''101'', 80-102.
RIGHT:(2012-01-02)
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